全国国際教育協会(JAGE)は、学校現場における子供たちへのグローバル教育の実践活動の一つとして、海外留学生等を学校現場に派遣する事業として実施している特定非営利活動法人ALL life line Netの専門家としてグローバル教育の理科教育への応用実践として継続して関わっていますので報告します。(斉藤宏)
(1)事業の背景
事業の背景は、モンゴルにおいては、理科教育の多くが未だ博物学的なものに留まり、実験を通じた科学的思考を育む教育方法があまり普及していません。モンゴルの実験設備・機材の現状は誤差が生じるような正確性に乏しいものが諸外国から輸入されています。また、社会主義時代に措置されたものがあってもそれらは旧式化し、現代の理科教育にはそぐわないものとなっています。
そこで、講座を通して日本のMONOZUKURI品質で現地の素材で資機材を製作していきます。実験設備・機材に要する予算に乏しいこともありますが、理科教員自身が実験経験に乏しく、このような指導方法の力量に欠ける点が最大の理由であります。この「MONOZUKURI理科教育講座(教材製作とそれを用いた実験)」を通じての現職教員への講座や学校現場でのモデル授業開催は、理科指導法の改善へ与える効果も大きく、モンゴルの教育が抱える課題への一つの重要なアプローチを提供したいと考えます。
第3 期目の講座の実施に際し、第1 期から3 期までの総講座受講者数は約460名でモンゴル理科教員2317 名の全体の五分の一であり、講座を受講した理科教員が自校に与える影響はさらに広がっていくと考察できます。実験教材を理科教員が自作することによって、日々の生活からの応用力、観察力をより高めることが可能となり、今後の理科教育の土台となることが考えられます。
モンゴルのガントモル大臣からは、本プロジェクトは教育大学の関係者や学生から良い評価を受けていることもあり、モンゴル国立教育大学の学長にも理科教育の従来のプログラムの見直しの指示をだしたとの動きも出ています。
(2)新学長との意見交換
モンゴルに到着の翌日、国立モンゴル教育大学の新学長MUNKHJARGALさんと、MONOZUKURI理科教育の今後の方向性について話し合いました。学長は、英語、ロシア語だけでなく日本語も堪能な、日本留学経験のある方でした。
学長がまず手掛けたのは、理系学部再編として、数学、物理、生物、地理、情報等の理系科目をまとめて新しい学部に再編し14名ほどの教授を配置し、私たちのプロジェクトを最前線で協力してくれている、アルタンゴ先生が新学部長となりました。
同時にコンピテンシーの育成に力をいれ、コミュニケーション能力やデザイン力などの能力開発を図り、理系教育の改善を行うということでした。その意味で、理科教育質の改善プロジェクトには大いに期待しているとのことで、全国国際教育協会(JAGE)は、学校現場における子供たちへのグローバル教育の実践活動MONOZUKURIの過程において、ほとんどの能力が重なり、MONOZUKURIを実施することで、これらの能力が育成、活性化されることがわかります。コンピテンシー開発に力を入れてくれることは、NOZUKURIの手法にとってプラスに働く方向性だと考えます。
今後、教育省の学習指導要領改訂の中で、MONOZUKURIの手法を取り入れ、教科書の中にNOZUKURIによる実験機材を載せることができるように発言していく方向とのことでした。
さらに、学内にベンチャービジネスを作り、理科教材としての実験パッケージキットの開発し、教育省が買い上げ全国の学校に配布させることにも意欲的でした。
この内容からも、学長は私たちのプロジェクトを理解し、良好な関係ができていることがわかりました。
こちら側からは、MONOZUKURI教室に関係するスタッフの専任化が重要でそれにより、技術移転が持続的にできることを要望しました。
理科実験パッケージキット開発には、プラモデルのように、作っただけで終わるものではなく、アイディアにより応用、発展が利くものを開発してほしいと話しました。
(3)現地スタッフとの協働ワークショップ
・まず、現地スタッフから何が必要かを聞きだす。
MONOZUKURI教室に戻り、ワークショップの方向性を決めるため、講座を支えてくれている、現地スタッフと専門家との間で講座の改善点につき議論しました。まずは、どんな実験装置が必要か現地スタッフの意見を引き出す方向で議論を進めました。これはファシリテーションとして、聴いてもらえる場を作ることにより、現地のスタッフに安心して考えていることを話してもらうためです。そうしたところ、現地女性スタッフから、大学にある古いロシアの実験装置の現状を見せながら、法則の理解のためよく使う実験機材の中で、各学校にはそろっていない放物線軌道実験装置、コイルを使った誘導電流実験装置、静電気測定実験装置などが必要だとの要望がでてきました。
そこで、これらの運動や法則を理解しやすい実験装置を現地にある材料から作るアイディアを話し合いました。話している内にそれぞれに作り上げる実験機材のイメージが共有されるところまで議論を進めました。ここでは、理論を中心に学習をしてきたモンゴルの人たちと、実験を重ねて理論を理解してきた日本チームとの「多様性創発力」が刺激されることになります。多様な人々の会議における相互の気づきはコンピテンシーの活性化にもつながります。
・素材をチームで協力して探しに行く
翌日、女性スタッフ3人と専門家で、建設ラッシュに沸くウランバートルのなかでも、建設資材を求めて多くの人が集まる市場に教材の材料になる資材を探しに行きました。
素材を購入しに行くのは、今までは専門家だけで行きましたが、今回は現地スタッフに、MONOZUKURIの基本となる素材選びから体験してもらいました。これは初めての試みです。素材の選択は最も難しい判断が必要です。 もともと理科実験材料など売っていないため、自分たちのイメージで考えた実験機材に使えそうな素材を探すのは、「創造力」を最大限働かせなくてはなりません。またチームで行くことで相互に意見交換ができるため、自分だけの思いこみで使えない素材購入をすることを防ぎ、本当に必要なものを選ぶことができます。どんなものでも、そのまま使えるものはなく、購入後加工しなくてはならないため、その加工が可能か否かも考える必要があるのです。また、コストも重要な要件となります。低コストで使える実験機材を作り上げなくてはならないのです。 さらに、日本のように、DIYホームセンターがないため、1か所で材料を集められません。自分たちが、自作しようとするイメージを持って、市場に出かけ、たくさんの店を回り使えそうな素材をひとつひとつ探すことになります。しかし、その場でカットしてくれるなど便利な面もあります。しかし素材探しはともかく時間がかかるものです。 電気部品やコンピュータ関係は、モンゴルの秋葉原と言われるコンピューターランドで探しました。この時も、階段を上がったり下がったりして必要な素材を比較しながら意見を交換し探す作業には多くの時間がかかりました。しかし、その時間は無駄ではありません。脳は活性化し次の製作段階においてプラスに働きます。
・フーコーの電流(渦電流)による力の観察装置製作
大学のMONOZUKURI教室に戻り、フーコーの電流(渦電流)を観察する実験装置を作るためエナメル線でコイルをボルトに200回まいて電磁石をつくり磁力を試してみましたが、やや弱く、次は500回巻いて、それでも
弱いため、実際に教室で自作するときの時間も考え1000回まいて電磁石を作り、アルミの1円玉を水に浮かし、渦電流による磁力をスタッフが作り動かしてみました。鉄でなくても磁石に引かれることが観察できます。ロシア製の実験装置も参考にしながら作っていきます。このようにMONOZUKURIではワークショップで議論を重ねながら改善していきます。 ロシア製の実験装置では振子にアルミ板をぶら下げて、その振子が振れているときに、電磁石を働かせるとアルミなのに振子が制動を受けるような動きになることを観察させる装置ですが、よく見ると振子をぶら下げている金属とアルミ板を止めているネジが鉄で、どうも鉄の部分が電磁石の力により制動を受けていることがわかりました。これではアルミも磁石に引かれることの証明にはならないことがわかり、金属の軸をプラスチックに変え、ネジもプラスチックに変えようかと考えていたところ。現地スタッフがアルミ板を円形に切り、中心軸で回転させるアイディアを考え出しました。これだと軸は磁石の影響は受けないばかりか、振子より高速で運動させることができるため、渦電流による大きな力を得ることができました。これは、現地スタッフがフーコー電流の理論をよく理解していると同時に創造力を働かせた素晴らしい結果でした。
・放物線運動測定装置製作
放物線運動用の発射装置も、屋内の配線を収納する塩ビ管をベースに、その中に、ドアを閉めるバネを逆に伸ばして使ってつくりあげました。これができれば簡単に放物線運動の測定ができることになります。固定は、どこの学校にもある鉄製スタンドを使い、角度はボール紙で作った三角定規を使い、30度、45度、60度と測れるようにしました。ばねは強いので鉄球を十分飛ばすことができました。日本であれば、バネはホームセンターで簡単に手にはいるのですがここでは、バネに使える素材を探し、工夫し加工する必要があります。しかし十分実用になる発射装置を作り上げることができました。
・現地スタッフだけでの静電気測定実験装置製作
静電気測定実験装置は、ロシア製の実験装置を模倣する形で現地スタッフだけで作り始めましたが、クッキーの缶の底を切り取り円柱のボディーを作り、透明プラスチック板でふたをして、その中に静電気を内部に伝えるアルミの軸を作りその軸で薄く軽い金属の針を支える仕組みにしました。この出来栄えは誰もが納得できる素晴らしいものでした。しかも製作は完全に現地スタッフだけで協力して作り上げました。まさに、ここまでの実験を支えてきた現地スタッフの力がプロジェクトを通じて育っていることの証明でした。
(4)モンゴルの自然、生活体験
週末はモンゴルの生活や自然体験のため、ウランバートル近郊のテレルジ国立公園にエクスカーションツアーに行きました。大きな花崗岩の岩体が突き出る山の間に、川が流れ、オアシスのように緑の森が広がっている場所です。ウランバートルから近いため、休みになると、モンゴルの人たちが、遊びに来るところです。ここで、草原を馬で回ったり、キャンプを楽しんだりするそうです。 亀岩と呼ばれるスポットは、花崗岩の岩山の上部まで登れるようになっています。ラクダもモンゴルでは家畜で、ここではラクダに乗ることもできます。 ゲルも体験できました周りは羊の毛からつくったフェルトで覆われていて、真中にストーブがあり中はとても暖かい作りになっています。ここでモンゴルのホルホグという伝統料理、羊と野菜の石蒸し焼料理をごちそうになりました。羊の肉とジャガイモとニンジンと焼石を交互に入れて岩塩で味付けをし圧力がまの中で蒸焼きにする料理です。現地の人は、骨から肉の部分を骨がつるつるになるぐらい削ぎ落とし、すべて食べるということでした。そこに残るスープはうまみが凝縮されとてもおいしいのです。 石焼に使った石は料理をとりだす時に一緒にとりだし、それを一個づつもらい、熱い石でやけどをしないように左右の手のひらでパスをするように受け渡し冷めるまで続けます。これがそれぞれの人の健康への祈りになるのだそうです。
(5)まとめ
今回のワークショップを通じて、現地での要望を引き出し、すべてモンゴル現地で調達できる資材を使い、スタッフと意見を交換しながらチームで完成させることができました。 いままでは、日本側で考えた実験装置の現地での組み立てや使い方を教えることは行ってきましたが、今回のように、現地の要望や考えを取り入れ、新たな実験装置を協同で開発していくワークショップは初めての経験でした。しかし相互に刺激し合い、それぞれのコンピテンシーを開発することにおいても効果的なワークショップとなりました。 もちろん、3期にわたりモンゴル国立教育大学のスタッフと交流の中で、作り上げた信頼関係が元にあることが前提となるわけですが、スタッフたちは、物理科の研究者の人たちで、物理学の知識を持っているため、つくりながら改善を重ね、現地で十分使える実験装置を作り上げる力を持っていることが証明されました。技術移転には、カウンターパートの、能力と意欲が最も重要ですが、このプロジェクトでは能力も意欲も十分に機能していることが証明されました。 最後のテレルジでのエクスカーションはモンゴルの人たちの慣習をしれたことや、ゲルでの、伝統料理ホルホグの食事を共にすることで、スタッフとの文化交流やスタッフとの人間交流がより深くなり、モンゴルに対する理解が進むと共に、プロジェクトの潤滑剤の役目となりました。