ヨルダン報告2 2002年5月
戦乱と隣り合わせの平和な国
大田ろう学校のみなさん,いかがお過ごしですか.私は4月1日より,国際協力事業団(JICA)のシニアボランティアとして,中東のヨルダンという国に来ています.「ヨルダン」という国名を知らなくても,「ヨルダン川西岸地区」という地名は聞いたことがあるかもしれません.今,テレビや新聞で盛んに報道されている世界で最も危険な場所の一つ,通称「ウエストバンク」と呼ばれる地域です.バンクは銀行ではなく,土手または川岸という意味です.
ウエストバンクはヨルダン川をはさんでヨルダンの対岸に位置し,パレスチナ人が多く住んでいます.以前はヨルダン領でしたが,戦争でイスラエルに占領されてしまいました.現在ではここをヨルダン領だと見なしている人は,この国の指導者も含めて,世界中にほとんどいません.したがって,問題はどう独立するかで,それをめぐって,あのような状況になっているわけです.
私が働いているのはヨルダンの首都アンマンにあるヨルダン・ニューズ・エイジェンシー(JNA)という新聞社のようなところです.ところで,激戦が伝えられるウエストバンクの諸都市まで直線距離にして100kmほど,車で2時間足らずの距離,しかも新聞社といったら,みなさんはどんな職場だと思いますか.ひっきりなしに電話が鳴り,徹夜で記者が走り回っている,そんなアル・ジャジーラ(アフガン戦争時に勇名をはせた中東のテレビ局)のような職場を想像するかもしれません.しかし,現実は正反対で,ここでの生活はいたってのんびりしています.勤務時間は8時半くらいから昼食抜きで2時ごろまで,その後は自由です.しかも,勤務時間のかなりの部分はコーヒーとおしゃべりに費やされます.「こんな悠長でいいのだろうか」という疑問もわいてきますが,客人に過ぎない私にできるのは,このゆったりとした時の流れに乗ることだけです.一人であくせくしたり,批判めいたことを言ったりするのは禁物です.
具体的に私に求められている仕事は,C++,Javaによるプログラミングという最も基礎的なIT技術を教えることです.この牧歌的な職場の人が,はたしてコンピュータの中でも一番面倒なこの分野に興味を持つかどうか,大いに疑問ですが,とりあえず,以前に日本語で書いておいたテキストを英語に翻訳することから始めました.英語のテキストでも残しておけば,多少はこの国のためになるかもしれません.ただ,それだけでは飽きてくるので,ときどき隣の部屋にいる受付の人にアラビア語を習ったりしています.向こうも人なつっこいので,いろいろと教えてくれます.
こちらへ来てから約1ヶ月,異なる文化の体験はそれだけでスリルがあり,興味がつきないものです.さらにいろいろな体験をしたいと思っています.あまりコンピュータにこだわるつもりはありません.できれば音楽などの文化活動,サッカーを通じたボランティア活動などにも首を突っ込みたいと思っています.
最後に写真の説明をしておきます.最初の写真に私と写っているのはサレム・ダブーキーさんで,私と職場のパイプ役になってくれる人,1年ほど前に2ヶ月ほど,日本に研修に来たことがあるそうです.私の希望などをていねいに上司に伝えてくれて,たいへんお世話になっています.もう1枚はアンマン市内の風景,この国にはローマ時代の遺跡がごろごろしています.

サレムと ヘラクレス神殿跡